明日はもしかしたら来ないかもって、生きていこう

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あした死ぬかも?

自分も含めて、明日もしかしたら死んでしまうかも?
って想像することってあるでしょうか。
(現在、闘病されておられる方には、大変申し訳ありません。)

正直なところ、ぜんぜん考えていませんでした。

ある一冊の本を読んで、いろんなことを考えさせられました。

WS000012あした死ぬかもよ? 著者:ひすいこうたろう

死を意識して生きる

自分はサラリーマンをしていますので、いつも決まった時間に起きて自転車に乗って会社にいっています。(普通は自転車じゃなくて電車ですよね。長距離を自転車通勤をしています。)

自転車通勤で大した怪我をすることもなく、健康も先日人間ドックを受けましたが、甲状腺に腫瘤?が見受けられるくらいで、今のところいたって健康と思っています。

振り返ってみると、自分は何になりたかったとか、実現したいこととか、ぼんやりと頭にはあるんですが、一つの夢として捉えてきたいので、努力はしてこなかったです。

これって、「いつか」っていう、これもぼんやりとした希望のためと思います。

でも、もし一週間後に自分が死ぬと分かったら、どうするだろうって考えさせられました。一週間じゃなくて、明日かもしれない。
今日かもしれません。

本当は誰でも死ぬのは決まっているはずなのに、健康な場合はなかなか本気で意識できないものです。(たびたびですが、闘病中の方には大変申し訳ありません)

ある修行僧の疑問について、師匠である道元とのやりとりが書かれていました。

全ての人に仏性になる資質があるのに、なぜ社会的に成功する人と成功しない人がいるのかという疑問に

「成功する人は努力する、そうでない人は努力しない、その差だ」と答えたそうです。

その答えに、なぜ努力する人と、しない人がでてくるのだろうという疑問が湧いてきました。

「努力する人は志があり、そうでない人は志がない、その差だ」と答えたそうです。

なるほど、さすが道元様と思ったのですが、なざ志がある人と、ない人がいるのだろうという疑問が更に湧いてきました。

その答えに道元は、

「志がある人は『人は必ず死ぬ』ということを知っている、志がない人は『人は必ず死ぬ』とうことを本当の意味で知らない、その差だ」

と答えた。

 

大切でありがたい平凡な今日

ただし、平凡に過ごしている毎日ですが、絶対に誰かに助けられているはずです。

その助けてくれている誰かをしっかりと認識して、毎日を大切にしていこうと思っています。

恋人かもしれませんし、家族かもしれませんね。人それぞれです。

当たり前の毎日って、凄いことなんだということを確認しましょう。

今日、たまたま2015年6月21日「父の日」なんですが、みなさんのお父さんと会える日って、あと何日かって考えてことってありますか?

一緒に住んでいる人は、実感ないかもしれませんが、離れて暮らしていると、正月とお盆と・・・って考えると、年間10日あるかなって感じかと思います。

そうすると、お父さんの年齢にもよりますが、ホントに少ない回数しか会うことができないんじゃないでしょうか。少なくとも大人になるまで、苦労して育ててもらったはずです。

やはり、終わりがあることを意識して、これから親孝行していきたいものです。

目の見えないカップルは、お互いの顔をずっと触っておられるそうです。

また、小児がんの病棟の子供たちの夢は、

「お父さんお母さんと、ラーメン屋に行きたい」

「家に帰りたい」

「大人になりたい」

というものです。

当たり前のことを心から大切にして、誰かに感謝していきたいと思います。

 

まとめ

明日が来ることが当たり前と思って、仕事上の不満でストレスを抱えたり、家族や恋人と不仲になって自分も相手も悲しましてしまったり。
仕事があることも、家族や恋人がいることも、きっと当たり前じゃないんです。
今、こうして平凡な日があって、生きているだけで幸せなんです。
だから、そのことをしっかりと認識して大切に今日を生きていきましょう。

また、自分も含めてですが、本当はなりたかった職業や、実現したかったことなど、いろんな人生のしがらみや、他人のせいにして、努力してこなかったんじゃないでしょうか。
人生一度くらいは、必ず訪れる死を意識して、「明日はないぞ!」って努力して、結果的に生かされていた時、成功に至っているという喜びを味わってみたいものです。

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