突然、絶縁していた親の面倒をみることになった ~父親のこと~

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32125033430_0e346c0df1_bphoto credit: dimthoughts Dad at the Civil War Museum via photopin (license)

一連の話の流れは一旦小休止させていただき、父親の人となりとこれまでの自分との関係などについて書いてみたいと思います。

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親父のこと

31659819306_fb991f9f86_bphoto credit: karlhans _P164839 mal web t via photopin (license)

父親は神奈川生まれなんですが、幼い頃は戦争の末期的状況にあって、当時住んでいた川崎市も空襲が頻繁にあったらしく、家族で秋田県に疎開したそうです。

4人兄弟の長男なんですが、この時、「食いべらし」のために疎開先の家庭へ弟を養子としておいてきたとのこと。
厳しい時代ですね。
その後、ずっと弟さんとは繋がってまして、父親は何度か秋田へ遊びに行っていたようです。

戦後は、岐阜へ移住しました。
岐阜の田舎で暮らしていたので当時は仕事もあまりなく、また、貧しかったため、中学を卒業後、愛知県へ出てきて就職しました。

そして、連れ子の私の母と結婚、自分が誕生したってわけです。

結婚ししばらくは、タクシー運転手や工場で働いたりしていたそうですが、母親の実家が地主だったらしく、その土地を売って商売を始めました。

するとその商売が順調に拡大していき、株式会社にまでなりました。

そう、社長になっちゃったんです。

成り上がった

5899676716_ff0d235315_bphoto credit: ToGa Wanderings Money! via photopin (license)

まさに「成り上り」状態の父だったわけですが、もともと貧しかったわけでお金の使い方は知らなかったんでしょうね。
高級車を買ったり、頻繁に海外旅行へ行ったりと、散財の連続だっとと思います。
(自分と一緒で単細胞なんで。。。)

そんなバブリー状態もやっぱり永く続くはずありません。

そのうち会社の経営状況も時代の流れとともに大きく傾き、気がつくと大きな借金を背負ってました。

仕方なく会社をたたんで、大人しく隠居してるかと思った矢先、以前から交際のあった女性と街を出て行ってしまったということです。

親子関係は最悪

31916420782_0e35f51fe6_bphoto credit: Tobyotter Father & Son via photopin (license)

父親との関係は自分が幼いころから最悪でした。

さっきも書きましたが貧乏人が急にお金を持つとロクなことがないですね。

家庭を顧みない父親を軽蔑してました。

一応、社長ですから従業員にまかせて、たまには遊ぶのもいいかもしれませんが、幼い自分でも、もうちょっと会社に行くべきでは?と思ったくらい、
毎日、ゴルフだの魚釣りだの、海外旅行だのってずっと遊んでいた印象です。

母親と遊んでいればそれは素敵なことですが、母は自分が幼い頃から身体が弱く入退院をくりかえしてました。
だから母はいつも家に置いてきぼりだったんです。

もうそうなると、母親が辛く寂しそうにしていると、全ては父親のせいだと思ってしまい、母を苦しめる”許せない奴”になってしまったんですね。

居間に父親がいる時は自分の部屋にもどり、いなくなると出てくるみたいな生活がずっと続いてましたし、口を開けばケンカしてたことを思い出します。

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